ゼロクマのクリエイタープロフィール

お名前 香山 直 Nao Kayama
性別 男の子
身長 1790mm
靴のサイズ 290mm
誕生日 9.28(伊達公子氏と同じ)
出身地 群馬県太田市
出身校 群馬大学 社会情報学部
血液型 純A型
好きな食物 チキン、黒ごまプリン、グラタン
好きな飲物 ゲロルシュタイナー、カフェコンレチェ
嫌いな食物 ホルモン
嫌いな飲物 アルコール
好きなスタジオ スタジオ・ジブリ
履ける靴 主に29cm以上があるナイキ製品
趣味 フットサル、サッカー観戦、読書、登山
サポーター

鹿島アントラーズ、ASローマ、アーセナル

好きな作家 三谷幸喜、乙一、オノナツメなど
大事なモノ 健康、家族、個性
座右の銘 瞋恚は三毒の一つなり
現在の肩書き 自由型クリナイナー
SPEC

素敵な文章をつづる。

奇抜なアイデアと企画を創出する


クリエイターの略歴

1979年

群馬県太田市に香山家の長男として誕生

父曰く「真っ黒いおさるさんのようだったよ」とのこと。

まっとうな人類に成長できて良かったと安堵する。

1983年

なかよし幼稚園に颯爽と入園。

割合、皆となかよくして過ごす。

お泊まり保育のとき、むりやりに茄子のみそ汁を飲まされたことがトラウマとなり、それ以来20数年、茄子とは決別した生活を送るが、今は和解が成立している。

1986年

小学校に入学。

変に理屈っぽい小生意気な少年として界隈に名を轟かせる。

4年生から野球を始め、1番セカンドとしてプチ活躍。卒業アルバムの「将来の夢」欄には、「プロ野球選手になる」と力強く記入する。

1992年

中学校に入学。

サッカー部に入部し、Jリーガーを目指す。

Jリーグ開幕直前のナビスコカップ予選が太田市運動公園で開催され(鹿島VS市原)、生ジーコのプレーに感嘆し、「一生アントラーズファン」となることを決意する。

なけなしのお小遣いで、鹿島のフラッグを購入する。

1993年

ドーハの悲劇を体験し、「人生は甘くない、わりとビター」であることを知る。

1995年

家から一番近いから、という理由で県立太田東高校へ入学。

人並みの高校生活を送る。

取り立てて何の進歩もなかった暗黒の三年間。唯一の光明は、「ゴールを奪う為に必要なオフザボールの動き」を身につけられたことと、遺伝子の突然変異で急激に身長が伸びた事。

大学受験と教習所という「二大苦痛」を一度に味わい、人生の厳しさを痛感する。

1997年

38度の高熱に寝込みながら、ジョホールバルの歓喜を体験する。生きてて良かったと初めて思う。

1998年

家から一番近く学費が安い国立大という理由から、群馬大学社会情報学部に入学。

1年時は、高校教育とさして変わらない学習内容に嫌気がさし、本気で退学を考えるが、恩師である教授の倫理思想研究に遭遇し開眼。3年時から、学内でも変わり者ぞろいで密かに有名な社会倫理思想研究室に所属し、その「変わり者っぷり」を存分に発揮する。

第二外国語は「フランスワールドカップがあるから」という理由でフランス語に。すぐに後悔する。

卒業論文は、貴志祐介著「青の炎」を題材にした「ココロノヤミ」というタイトルのダークながら、高らかに愛を唄った迷作で、指導教授に「もうそのへんでやめておきなさい」と釘を刺されるほどの大長編であった。

2002年

就職活動なんてやなこったい、と時流に逆らい、大学四年時よりアルバイトをしていたフリーペーパー制作会社に入社する。

営業、記者、編集をバリバリとこなし、ここで初めて「デザインの道具としてのMac」に出会う。

その後、「ある種音楽性の違い」から、退社し、タイミングよく始まった日韓ワールドカップを片っ端から堪能する。

ベルギー戦、鈴木隆行のつま先ゴールは、人生史上最高のゴールとして、現在もランキング一位を堅持し続けている。

2003年

ハローワークの若年トライアル雇用で、何を血迷ったのかデザイン事務所に就職する。トンボも知らないのに、デザインをするという暴挙を繰り返しながら、徐々にこの仕事の何たるかを覚える。

仕事柄、同僚が女子ばかりという環境が多かったため、「すんなりと女子会にとけ込める」という現在の「亜お姉気質」が育まれる。

2004年

スーパーのチラシばかり作っていても埒があかんと若気の至りを発揮し、印刷会社に電撃移籍。

当初から、独立することを考えていたため、社内のイチデザイナーではなく、デザイン・印刷すべてに関われる小さな会社を選ぶ。

のちに、ときどき「失敗したなあ」とも思う。

2006年

我らがゴールデンエイジの集大成となるはずだったドイツワールドカップで惨敗し、リビングにて中田ポーズで打ちひしがれる。

母親に「邪魔だ」と言われる。

2008年

ストレスからじんましんがあっちこっちに発症するようになり、「ああ嫌だ、もう嫌だ!」と堪忍袋の緒がぶち切れて、予定より2年早くサラリーマン生活に終止符を打つ。

その春、満を持してZEROTOP DESIGN WORKSを設立。

太田の片隅で、密かに活動を始める。

2009年

似顔絵名刺の専門サイト・名刺魂5005を開始する。

2010年

南アフリカワールドカップを堪能する。

日本代表が予想外の活動を見せると「俺は岡ちゃんやると思っていた」と周囲に吹聴して回る。

2011年

誰でも簡単に更新ができるホームページサービスJimdoを使ったホームページ制作・ホームページ魂を開始する。

2012年

電撃結婚し、周囲を驚かせる。

2013年

ゼロトップ熊谷支店「ゼロクマ」を開設し、ホームページをJimdoにて制作。

NPO法人デザインファーム21の監事に就任する。

2015年

そして父となり、仕事はとりあえず横に置いておいて、毎日育児に没頭する。

2016年

ブラジルワールドカップを堪能する。

さらに育児の腕を磨き、立派なイクメンになる。

2017年

JimdoCafe 太田を開設。